ただ永く生きながらえれば良いとは、全く思わない。

以前、FBにも登録した記憶があるんだけど(^_^;)

故:藤子・F・不二雄さん…言わずと知れた漫画『ドラえもん』作者…の書いた、私が影響を受けている作品集『SF(すこしふしぎ)短編』のうちの作品の一つ…

『定年退食』(1973年作)



この作品の何が心に残ってるかというと、
年老いた主人公達が、自分達の居場所が無くなっていく事を、否応ながら受領しつつ…
それでも朗らか?!に生きていこうという姿…と言っていいのかどうか…不適切かもしれないけど…


数年前、父が倒れ、介護に少なからず携わり、亡くなる姿を、思い出しつつ、実感として残ったもの。

人間、誰の役にも立たなくなって、自力で生きていく術を失ったならば。
潔く、自分の人生の年貢の納め時が来たとして、未練がましく生きていちゃいけない。生きたくない。

だから、出来る限り、一人の人間として、生きていく力を多く身に付けておきたい。

近所の、もうすぐ90歳に手が届くんじゃないかというおじいちゃん。それでも今年も稲作に励んでます。
今日、会社の山買担当の顧問さま…イメージはマスターヨーダ…が退職の挨拶をされてましたが、まだまだ元気があるみたいです。
通勤時に車を走らせれば、バス通学の子供たちの安全を守るため、近所の老年層の方々が青色パトロールと称して見守り活動をされておられます。労働は出来なくなっても、色々な形で次世代へと想いや命を繋いでいく事は出来るんですよね。

こういう人達を、見習いたいと思うし、誇りに思えるし、自分もそういう風に歳を重ねるのが理想ですよね。
今の暮らしの中で関わる多くの大先輩達は、どなたも、そう簡単に介護されるような柔なお方々では無いようにしか見えません。生きる術を多く持ち、それを高いレベルで平然と淡々と続けていく…都会の過剰な便利さに浸かったヒトタチには無い、生命としての頑丈さを本当に尊敬してます。そう在りたいと思えるのです。


でも一方で、
老人介護がどんどん増えるって…介護はそういった次に繋がる何かを、残すものなんですかね?
本来、人間社会ってのは、主力となるべき…次世代の種を蒔き育て繋げる役割を担っている世代が、一番生き易いように設計され運営されないといけないと思うんですよ。

既に刈取りの時期を終え、朽ちるのを待つだけの人間にとっての快適さを求める社会…何の意味があるの?

今の老人はお金持ち…そりゃ財産をケチって下の世代に移譲しないから、もはや使い道は我が身をキレイに無くするだけにしか使えないだけ。そして管理者が居なくなれば、有っても無くても存在の意味は無い。
独居老人が増えたのは、言っちゃ悪いが、もう誰の役にも立たなくなったって意味ですよ。
本人が望もうがそうでないかに関わらず、必要とされるなら、年齢に関わりなく、誰かが手を差し伸べてます。家族だけでなく、コミュニティ、会社、政治。それまでに歳を重ねて広めた見識があるならば、仮に天涯孤独の身だったとしても、きっと誰かに必要とされてます。
(追記…それでも自力で生きていけるのであればまだ救いがありますが…生活保護もなるべく頼らない姿勢であれば与える価値があるんじゃないか…線引き難しいなぁ…)

そういう境遇に恵まれなかった(かもしれない?)方々が、我が財産の最終消費地として、介護されながら先立たれるというのであれば、それはまだ誰にとっても救いがあるかもしれませんが…
それを国家権力が税金を投入して薄く広く全ての日本国在住者に施すってのは、ナンセンスだというのが、異端たる私の意見でございます。忌避されても仕方ないと思う。

でも、これは弱肉強食じゃない。盛者必衰…生物として、栄えれば衰え滅びる。これはどうしても避けられない。というか、そう在るべきなのです。生物じゃなくても、マテリアルですらその原型を永久に保持し続けるのは困難です。いつかは風化して別の姿形になるもんです。避けうるとしたら、人間じゃなくて神になるしかない。神という概念すら極論すれば人間の空想ですからね。。。


コトバ遊びが過ぎましたね(^_^;)


ま、これだけ書いて、私が言いたい事は詰まる所…
死ぬまで、自分が何かしら現役で居たい。自我を無くしてまで生きるくらいなら、死にます。って事です。
そして、自我を無くしてまで生きる姿も、生かそうとする姿勢も、人間の自己満足や建前論を満たすだけの無意味な行動だな~と考えてる、って事…だな、きっと。

これで益々嫌われる…かも…ハハハ、もういいや(-_-)zzz
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by mah_dl650 | 2013-06-01 21:46 | 考え中 | Comments(5)
Commented by 浜原出身者 at 2013-06-01 22:51 x
まーさん、前にお父さんの事読んで知ってます
実家に帰られたことも知ってます(いつから覗き見してるんだ)
今自分の父親は、70歳のとき(2月)近所の葬式に出るのに
雪道を歩いていて、不注意で転んでしまい大腿骨骨折、運が悪いことに大田にある病院で手術を受け・・失敗して島根医科大で
何回も手術したのに直らず10年が経ちました。今も松葉杖は
手放せず、大腿骨には骨がありません。こういう父は未練がましく生きていてはいけないかな?税金(年金)で養われるのは
まずいよね!税金ではなく自分たちが見なくてはいけないよね!

まーさん私も自営業だから、働くのをやめるときは死んだときと決めてました。
Commented by mah_dl650 at 2013-06-02 06:38
>浜原出身者さま
ウチの父は、脳出血で倒れてから急転落下で廃人化しました…将来が見えなくなったり、見る能力が無くなったり、終着駅が見えるようになると、大体の人間は文字通り植物化していくでしょ…植物は水と光と二酸化炭素で光合成して生きられますが、残念ながら人間はそうは出来てない。多くのサポートが必要になる…

人口比率的に、世話しても世話しても後から溢れて来る。ヒトの尻拭いを仕事にするのは虚しいと思わないのかなって思っちゃうんですよ。どうしても。

仮に、Hさんのお父様が私の父の晩年のように廃人化してしまったのなら、未練がましく生きていくのは見てるだけで苦痛です。
ですが、自ら生きる意志がある。そういうヒトは生きるべきでしょう。頑張ってる姿を見るのは他人にとっても価値があると思います。
Commented by mah_dl650 at 2013-06-02 07:07
>つづき
税金を使うのは、生きる意思のある方であれば良いと思います。

ただ、活力を失い植物化したヒトは、生を全うしたとして、尊厳死を望みますね。私もそう在りたい。
また、そうならずに天寿を全う出来るよう…結局は運次第ではありますが…生きたいですね。

ちなみに、出来る限り親の面倒は身内で見るべきだとは思います。それは結局誰を世話という使役の犠牲にするのかという問題ですが、まず血縁者はよりお返しすべきモノを沢山貰ってるはずですからね。借りたものはキッチリ返すべきです。それは自分にも跳ね返ります。

ちなみに実家の母は兄弟と同居してますんで…3人とも島根には来たくは無いでしょう。縁のない土地ですから…なので遠くからサポートしつつ任せてますよ(^_^;)
Commented by ちびっこ! at 2013-06-25 18:21 x
おひさしぶり。なんだか、深妙なことを考えてますね。煮詰まってきてる?
あの時は確かに、何といえばよいか状態だった。でも、まーくんは、よく持ちこたえたよ。ちびっこ!は、そう思ってます。

実は、ちびっこ!も、この2週間をいかに過ごそうかと。結構、ヤバイかも。
また、話そうね。いや、飲もう。にしとく。
Commented by mah_dl650 at 2013-06-28 21:34
>ちびっこ!さん
妙なのは~生活がだらけてるから~何を直せば治るか判ってます~(^O^)/

過去を引きずるのは悪いと思ってますから…と最近の忘れっぽさを自己弁護しといて…
人間は忘れなければ生きていけない生き物ですから(^_^;)

飲みは今が暇も資金も狙い時ですよ~ミッションクリアの暁にはまた出雲かどこかで(^○^)


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