忘れない事・生き続ける事が、故人への一番の供養。

東日本大震災から2年経過したんですね。あの日から…
一連の災害によってお亡くなりになった方々に、哀悼の意を表しますm(__)m


今も震災の被害に見舞われた傷が癒えない多くの方々が、戦っています。
幸運にも同じ日本に居ながらも被害に遭うことの無かった私は、今も戦いが続いてること…出来る範囲での手助けはしたいということ…それくらいの認識しかありません。

ただ、これからもですが、この震災を生きている限りはきっと忘れないでしょう。もっと凄い出来事が起こらないとは限りませんが、あの地震が起きた瞬間は本当に驚きましたし、原発事故も含めてこの先どうなるのか…という心配したことも、これからの人生でそうそうそれを上回る出来事が幾つも起こるとは思いませんけど(^_^;)


いつだったかどこでだったか、同じ趣旨の事を聞き印象に残って、書いたことがあるはずなんですが…


死んだ人の存在が完全に消えて「無」になるのは、その人を知る人間が誰も居なくなったとき。
逆を言えば、この世で一番愛おしかったヒトを、いつまでも「生」かしておく方法…

それは、
そのヒトを、自分が生きている間、ずっと、忘れない、こと。

貴方が、忘れてしまえるのであれば、新しく一番愛おしいヒトが出来たって事。それはそれでスバラシイ。
でも、忘れられない。居ないのが淋しくて寂しくてたまらない。いっそ死んでしまいたい。そう思うかもしれない。

貴方が死んでしまったら、誰が、一番愛おしかったヒトを、世界で一番大好きだったって、言えるのですか?
一番大事にしてた。誰よりも誰よりも愛してた。あんなことこんなこと沢山いっぱい幸せだった。

そうやって積み上げてきた、その思いを、人生を、生きざまを、伝えられるのは、貴方だけなんです。

その為だけでも、いや、それだけの為にでも、貴方は、生き続ける、理由が、あるんです。
在り続ける事が、それが、何より、亡くなってしまった、最愛のヒトへの、供養なんだと、思います。


人間は必ず死にます。中には名を残し、記録され、多くの人達に記憶され、語り継がれる人間もいます。
でも、そんな人は、ほんの、一握りに過ぎません。多くは、ほんの一握りの人達にだけ記憶されるだけ。

だからこそ、そのほんの一握りの、大事な絆を、簡単に、無くしてはいけない。
貴方のために、誰かが存在するんです。誰かのために、貴方は存在するんです。


貴方のために、生きてくれた、また、生きてくれている、誰かのために。



…来年、この思いがまた同じように語れるよう、人間を磨いていかなきゃね。人生限りがあるからな(^_^;)
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by mah_dl650 | 2013-03-11 21:17 | 日記 | Comments(0)


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