伐って育てない、ってのは…

今朝の三瓶山、あまりに澄んだ青空に映えたので…
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麓の志学の町からこの展望台まで登る道が通勤路になってます。
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さてと。
ツイッターにこんな文章が載っていたので気になって。

「日本人くらい自然を粗末に、おろそかに、無茶につかった民族はいないと思いますね。自然を愛しているなんてもってのほかなんです。日本では木を伐っても、すぐあとからはえるので、育てるということを知らないで過ごして来たんですね」
宮本常一著 『旅の民俗学』より



実際どんな著書なのか読んでないので、あくまでこの言葉に限っての考えなんですが。

伐って育てない…育てるための伐り方をしてなかったとは思わないんです。

まず、日本の気候は「伐ってもすぐあとからはえる」ものだから、全伐しても砂漠化しなかったという恵まれた土地なんだけど…だからと言って日本人だけが粗末でおろそかだとは言えないんじゃないかと。
それはサハラ砂漠がどうして砂漠になったのかとか、四大文明と森林の乱伐の関連とか…文明の発達は得てして森林の乱伐を招いたという歴史的な事実があるからです。

また別の話として、全伐しても生えてくる…でもただ単純に何十年も経過させるよりも、数年経って生えてきた木々を選別して優先的に育てたり、特定の樹木が周囲の木々の支障になりすぎないよう適度に間伐・択伐することによってより成長を促進させることも可能で、それは日本では昔から里山で限りある森林資源(薪や果実など)を管理維持して生活してきたという、そういう歴史もあります。

だから違和感を覚えざるを得ない。日本人全部が全部一様にそうだったとは思わない。


それから…
全伐後の山も、そういう日本の気候が下地を作ってくれるという恩恵を十二分に生かして、植樹するだけが能では無くて例えば数年たってササばかりの山になったらちらほらと見える雑木が将来菩提樹になれるようササを刈り払ってやるとか…日当たりが悪くて樹形が谷側に枝葉を伸ばすような強い木は敢えて伐り倒して、下地に日が当たるようにして天然更新を促すとか…やりようは幾らでもあるはずだし、そういう手法を使って山林を管理してきたヒトも少なからず居ると思ってるし、私もそういう事をやりたいのです(^○^)

詰まる所「大きな大きなボンサイ山」って事。
小さな盆栽を構うなんて詰まらない。やるなら一山全部構う…その方が絶対充実感あると思うんですけどね(^_^;)
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by mah_dl650 | 2012-11-28 22:59 | 林業/造園 | Comments(2)
Commented by ryotettuan at 2012-11-29 07:09 x
宮本常一に反論。さすが現場を知っている君らしい。
宮本とみたいな『研究活動には実践が伴っている』と言われる著名な民俗学者でも机上で文を書くんだ・・・・・
Commented by mah_dl650 at 2012-12-02 21:54
>ryoutettuanさん
うーん、私としては「…」についてコメントというか、日本人が一番ひどいってのは違うという考えを書いただけで、著書も文脈の前後すらも読んだことが無いので、反論なんて恐れ多い事はしてないつもりなんですが(^_^;)

何も森林と昔から付き合っていたのは日本人だけじゃないし、過去は日本人以上に乱伐して森林を絶やした事例もある…それは過去の歴史の話。
実際のところ、今現在の日本人について言えば偉そうな事は言えない。自国の森林資源を使わず輸入に依存して外国の森林乱伐に貢献してるんですからねぇ…(-_-;)


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