シグナルブルーまで秒読み

退社にあたっては会社指定の用紙があるとの事で、明日着で送ってもらい、今の業務のPLから来月末での離脱を認めて頂きました。書式を整えて期日を知らせさえすればカウントダウンの始まり…出来ればもう少し早い離脱を認めて貰いたかったというのが本音ですが、業務への影響を最小限にと考えての依願退職なので仕方無いかな、と(-.-;)

来週は本当に用事があって午後出社なのですが、今週は残業時間が多すぎなのでワザと午後出社してトータルの業務時間を減らそうとしているのですが…明日以降休みに入る工場側からの緊急案件に対して、他のメンバーは昇格試験の下準備やら子供の病気やら引越準備やらでまともに仕事が振れない…来月には全て移管の必要な業務なのに私がやる羽目になっているのはちょっと腹立たしいです。退職の件は正式に手続きしてから公にしようと思っているのでまだ知らないメンバーには腹は立たないですけど…知っているのに他人事の様に振る舞われるのは腹立たしい。来月過ぎれば分からなくても私は関与出来ないよ?大丈夫??
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# by mah_dl650 | 2004-12-21 21:24 | 日記 | Comments(0)  

職場探し前の、辞める算段を始める

何故か知らないけど、南武線が遅れている様でホームに人が溢れています。私も久々に軽く飲んでからの帰宅なんですがこういう事もあるのですね(-.-;)

今日の会議もつつがなく終わって、障壁がほぼ無くなった様なので、退職する算段をつけて貰うよう話を再開させました。統括課長から意思は変わらないのか確認されましたが、私が理由にしている『林業をやりたいから』に対して気に掛けて下さった様で現在の山林の内情を調べていたようです。理解してくれる人は殆んど居ないと思っていましたから正直嬉しかったです。辞めるにあたってスケジュールや必要な手続き・書類など調べる事はそれなりにあるので、なるべく円滑に波風立てずに済ませたいですね…(-o-;)
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# by mah_dl650 | 2004-12-20 21:02 | 日記 | Comments(0)  

週末の森林ボランティア

別のところにある私のブログから転載しますが…

奥多摩の鳩ノ巣渓谷にて『奥多摩大自然塾』という森林ボランティアに参加してきました。奥多摩の山林を保全する活動で、林業で通年行う作業を体験し経験を積む事が出来ます。今回は(と言っても今回初参加なんですが)間伐をやって来ました。間伐とは、密生し過ぎている樹を適当に切り倒して間引く事で、山肌に日光が適度に入るようにしてあげて土壌の活性化・正常化と樹々が健全育成を促す訳です。遠目から見ると深緑で健全に見える杉林も、林業の長い不景気とか山村の過疎化、後継者不足で適正な手入れが中々行う事が出来ない状況が続いており、放置しておくと山林が痩せ衰え山に保水力が無くなって土壌が流れだし山が崩れハゲ山になります。そうなってしまってからでは山の再生にそれこそ百年単位の歳月が必要になってしまう…それを防ぐ為のボランティア活動なのです。(杉林やヒノキ林は人工林ですが天然林にしてもやはり多少の手は必要な事も認識する必要があります)

前置きが長かった(書き足りないけど)ですが、とにかく間伐作業にて直径10cm程のヒノキ(30年生位だそうです)を延べ2時間ほどで一グループ5本位、ノコギリで切り倒しました。山林相手に素人集団でやる作業ですからレクチャーもしっかりされますのでバッサバッサと倒せる訳も無くて、ましてや講習を受けないとチェーンソーは使ってはいけない(私自身は免許有るのですけどね)という訳で、ボランティア活動での限界も多分に有るのです。ボランティアだけでは山林の一割ほど手入れ出来るかどうか、とある本には書いてあったりしますが…だからといってやらないで放っておけば明日は我が身に降りかかるのはよーく考えれば判る…よね(^_^;

私がこういった活動に参加するのは、ボランティアでは限界があるから仕事として林業をやりたくて、現状ではまだ今の仕事を辞められていないので経験値を少しでも上げる手段としてですが、私の様な考えの方はごく少数で、山が好き・定年越えて時間がある・自然保護の体験として…といった方の参加が殆んどの様です。就業を考えるならば各都道府県の森林組合が主催する林業体験セミナーに参加して実情に触れたりするのも手です。(但し1日程度の体験だとやる作業はボランティア活動と大差無いですが)

私としてはこんな事を職場や友人に言うなんてしたら気が狂ったと思われる様な気がして怖いのです。なのでアングラでコソコソやってますf^_^;
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# by mah_dl650 | 2004-12-19 22:24 | 林業/造園 | Comments(1)  

ごあいさつ

このブログの管理人、まーです。どぞよろしく。

このブログのネタとしては、仕事への愚痴/林業への転職に向けて/バイク・ツーリングについてかな…慣れていくうちに色々ネタも広がると思いますので、どうぞよろしく。
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# by mah_dl650 | 2004-12-19 22:22 | 日記 | Comments(0)  

決定権は何処にあるか

大集団で理解の及ばないお経を唱えたり拝んだりするヒトタチの姿を見て、このヒトタチはどこまで自分たちで考えてこんなところに居るのだろう、と不思議でならなかった。

どこまで自分たちの考えを持って、何に従っているのだろう?


私の行動理念は、「見て聞いて考えて、自分の納得のいくものを信じる」だ。
それでも自分の全てを信じられるかというと、全てを信じられるわけが無い。だからこそ信じるためには納得する必要があるし、納得したならそれまでの自分の考えを改めることも厭わない。

でも、、、納得するための条件は『決めるのは自分』だ。それ以外の条件は無い。


自分の行動をヒトの決定権に委ねれば確かに楽だろう。しかしそれは「モノを考えるのを止めて」楽になるだけで、結果が良いなり許容範囲であれば楽のままで終わることが出来るが…もし結果が許容範囲を超えて悪かったら?それが考え得る最悪までも超えてしまったら??

決定権を自ら持つのは、自身にしか持ち得ない「自分の責任」を全うするために無くてはならない事だ。これをヒトに委ねてしまうのは自身の持つべき責任を放棄することに他ならない。そうやって得た結果の全てに納得することが果たして出来ますか?



結果というのは「考え」「信念」「仕事」「遊び」「友人」「買い物」「信仰」「人生」…色々なものに置き換えても同じだと思う。例え同じ結果になるとしても、その過程が与えられ押し付けられたものであるか、自身が決めたものか、その違いこそが真に重要なことだと私は考えます。



存在するモノ全てに平等に与えられているのは「完全なる滅び=死」でしかない。
全能なる神が存在するとしても、未だかつてこの現実を覆した実例を私は見たことが無い。だから私は神は全能でないと考える。
ゆえに、神という存在をヒトの考えで定義したに過ぎない『宗教』に帰依するとか全てを委ねるとかご利益を得るとか…全能なモノが存在しないのに、本当にそのおかげだと誰が証明出来る?全てのヒトにそれが当てはまると言える?言えますか?言うことが出来ますか?

今の私には、ほんのちっぽけな存在でしかない私にはそんなことは言えません。



だから私は、せめて自分にしか持つ事の出来ない『決定権』をヒトに委ねることはしたくないと思う。
ヒトの考えを全否定する訳じゃない。自分の考えを押し付け強制する権利は私には無い。だけど、だからこそ自分という存在を、唯一無二でも完全無比でも永久不滅でも無い自分の人生を、ヒトに流されること無く自分で考えて決定する事をもっと大事にするべきじゃないか?

-----この戯言は 2006年4月10日0時16分のものです    by まー
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# by mah_dl650 | 2001-01-01 00:00 | 知恵 | Comments(0)